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Posted by チェスト at

2010年03月04日

海音寺潮五郎に出会う

先日の、霧島の麓のお宅には、海音寺潮五郎の「西郷隆盛 全9巻 朝日新聞社」や「西郷と大久保と久光」などもあった。これも極美の状態。

昨日は、鹿児島の古本屋をよく利用していただいたK先生が、引っ越しのためお店に本を持ってきて下さった。



「天文十二年 南方神社縁起書 大隅国筒羽野村 諏防御由来之絵縁起」
謄写版(ガリ版の事)

右下に、海音寺潮五郎の蔵書印があります。本文に、少し訂正の書き込みもあって、ひょっとして海音寺潮五郎自身かもしれません。
海音寺の小説のどこに反映されたのでしょうかね。
こういったものに出会うと、わくわくした気持ちになります。



「三州諸家史(氏の研究)・薩州満家院史」昭和40年 国土社刊行

鹿児島の豪族の興亡史。まえがきに、海音寺潮五郎の一文が。





少なくともと言うのか、本として刊行されるのだから、この厳しさは誰に向けてだったのだろうか。
昭和40年頃にも、鹿児島を歪んだ見方をする人たちが多かった。


新幹線開業で、鹿児島は観光で経済を浮揚させようと、連日記事になっています。
海音寺の次の一文を真剣に考えれば、鹿児島が動く動機になると思います。
(個人的には、「文化の浮揚こそ、鹿児島は大事だ」と、海音寺が書いている気がします)


『鹿児島県が歴史に富むといっても、人はその富む歴史を知る途がないのである。鹿児島県人の学問や書物を軽蔑することはきわまれりの感がある。過去を知らないものが将来を洞察し得る道理がない。また人はおのれの歴史を知ることによって、おのれの血のうちにひそむ力を自覚することが出来るのだ。大正年代以来、鹿児島県が各方面に人物凋落、秋風落寞の感があるのは、一つはこのために違いない』


しかし、海音寺潮五郎の、この文にはビックリしました。



  

Posted by Kosho Liset at 08:22Comments(0)古本買取日誌